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清家 政和 masakazu seike

元西武、楽天、守備走塁コーチ

清家 政和(せいけ まさかず)
1959年生まれ。福岡県出身。
柳川商業高等学校では、同期のエース田中和博を擁し、三塁手、三番打者として1977年夏の甲子園県予選決勝に進むが九州産高に敗退。同年のドラフト3位で阪神タイガースに入団。1982年オフ、トレードで西武に移籍した。西武では石毛宏典が三塁手に転向した後の1987年から、田辺徳雄と遊撃手の定位置を争い、同年は59試合、1988年には60試合に先発出場。1987年の巨人との日本シリーズ第6戦(最終戦)で水野雄仁から先制本塁打を放ち)、日本一に貢献。同シリーズでは全試合に遊撃手として先発出場した。1992年限りで現役引退。
その後は指導者として活躍しており、2008年の西武のリーグ優勝・日本一に貢献、片岡易之の2年連続盗塁王や今まで守備に難があった中島裕之がゴールデングラブ賞を獲得するなど功績を挙げた。1993年から1997年まで西武ライオンズで二軍守備走塁コーチを務めた。2001年から2002年までは韓国プロ野球・LGツインズに一軍コーチを務めた。2005年から2007年まで東北楽天ゴールデンイーグルス二軍内野守備走塁コーチを務めた。2008年から2010年まで埼玉西武ライオンズ一軍内野守備走塁コーチを務めた。2010年末の秋季キャンプから2011年6月まで韓国プロ野球・SKワイバーンズのインストラクターを務めた。2012年から2013年まではかつてのチームメイトである大久保博元が開講した野球教室「デーブベースボールアカデミー」で講師を務めていた。2014年1月12日にSKワイバーンズの一軍守備コーチに就任。2015年より韓国プロ野球・SKワイバーンズの二軍監督に就任したが、同年10月に退任した。


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